「行くよ、ティオー」
「はぁい、ママー!」
ここは海鳴の一角にある一軒家。小さな女の子が、その母親の周りをそわそわと回っていた。
待っているのは、トイレに入ったまま、中々出てこないもう一人。
朝はまだ早く、冷えた空気が目をシャキッと覚まさせてくれる。
他の家族は、まだおねむ。
父親が玄関を潜って出てきた。ティオと呼ばれた女の子は、全力で抱きついていく。
「パパ、士郎まだなのー?」
「もうすぐ来るさ。それにこんなに早いんだ、乗り物も動物も、目一杯楽しめるさ」
ほどなくして、最後の一人が玄関でスニーカーをつっかけた。
パーカーを着た男の子は、ティオの顔を見るとぺこんと頭を下げた。
「ごめんごめん」
「もう、士郎ったら!」
その後ろで、送り出す女性が一人。
この家で一番頼りになる人だ――と、小さな女の子は勝手に思っていた。
精一杯、家の中に向かってぶんぶん手を振る。
「じゃあ行ってきます、おばあちゃん!」
「行ってらっしゃい、車には気を付けるのよ。士郎、ティオ。
恭也、フィアッセ、二人をよろしくね」
大人二人――恭也とフィアッセは、それぞれ子供達の手を握ると、力強く頷いた。
「ああ、行ってくるよ」
そうして高町ティオは、双子の士郎、大好きな両親と一緒に、小さな大旅行へ出発した!
元々の始まりは、フィアッセの誕生日がすぐ近くに迫ってからのこと。
双子の二人で画策し、母に誕生日プレゼントを贈ろうとした。
そこで、高町家の大黒柱――高町桃子にお願いしたのだ。
「ママを」「かーさんを」「「遊園地に連れていきたいの!」」
いつも、喫茶店に歌手に忙しいフィアッセ。だから、年に一度の誕生日は、お休みさせてあげたい。
それに、いつかフィアッセが言っていた。
「お休みの日にみんなで遊園地に行きたいねぇ……」
じゃあ、誕生日をお休みの日にしちゃおう!
――ということで、前の日曜日にかけあってみたのだった。
『それじゃ、おばあちゃんのお願いを聞いてくれるかしら?』
「はぁーい!」
そうして任命されたのは、翠屋のお手伝い。一日手伝えば、フィアッセのお休みを約束してくれると言う。
張り切った二人は次の日とその次の日、幼稚園の帰りになのはの付き添いで翠屋まで行き、そこでちっちゃなパティシエをやった。
なのははビックリして「三代目はティオで決まりかな?」なんて言うし、
話を聞きつけた晶が、仕事を放り出してきたり――『明心館には俺よりもっと強くて怖いのが現役だからね』――して、
その日はいつもよりちょっぴりお客さんが増えた。
あんまり張り切るものだから、三日目は全身がだるくて幼稚園から帰ってくるなり、二人揃って布団に転がった。
「ママの代りにお仕事できたかな」
「できたに決まってるよ。なんてったって、オレ達かーさんの子供だもん!」
そして、次の日。
「士郎ー、ティオー、ありがとうー!!」
『れこーでぃんぐ』とかいうのから帰ってきたフィアッセが、二人をぎゅーっと抱き締めた。
「えへへ、あたし達頑張ったよ」
「かーさん、一緒に遊園地行こうね!」
「ホントにありがとう。わたし、とっても嬉しいよ。最高のプレゼントだよ!
んー、ふたりとも、LOVE!!」
ちゅっ、ちゅっ、とほっぺたにキスしてくれる。
ほんのちょっとして、恭也が入ってきた。
「ひ、ひどいぞフィアッセ……お前の唇は俺のものだ」
「んもう、言われなくてもわたしの心はみんな恭也のものだよ!」
……あちゃー、またいちゃいちゃし始めたよ、とティオは士郎と苦笑いしながら、
その場からこっそりと逃げ出したのだった。
***
ティオは士郎の顔を何とはなしに見つめた。
同じくらいの目線、同じくらいの体重。同じようなおつむ。
そして、おんなじように、それぞれの父母に似ている。
でも違うのは、髪の色。目の色。顔つきも、一目には双子だと分からない。
でも、一つだけハッキリ分かるところがある――『二人とも、笑うと同じところにえくぼができるのね』とは、フィアッセのことば。
「何だよ、ティオ。じろじろ見て」
「ううん、何でもない。ただ、あたしの方が背が高いんじゃないかなって」
手をヒラヒラさせて、ほんのり身長差をアピールしてみる。
本当は、幼稚園の身体測定でぴったり同じだったけど、それは四月のおはなし。
年が明けた今では、ちょっぴりでも差がついている……と思う。
「ちょっと待てよ、オレの方が高いだろ」
「弟があたしより高い訳ないでしょ?」
いつもと同じ、『どっちが年上か』論争。パパに聞いてもママに聞いても、答えは教えてくれない。
ただ、ニコニコ笑いながら『同時だったよ』としか言わないのだ。
大人って、ずるい。
「お前らは双子なんだぞ? そんな小さなことじゃなくて、もっと大きなものを見ろよ」
父、恭也がティオと士郎の頭をわしわし撫でてきた。
なにを、と聞いたら、すぐに分かる、と返ってきた。
四人で車に乗って、さぁ出発。ぐるりと海鳴を回り込んで、遠見の方へと向かう。
ティオは、馴染みの景色がどんどん消えていく車窓に興奮を隠しきれなかった。
ふと後ろを振り返ってみると、士郎も同じように窓へ張り付いていた。
「遠見市」と書かれたカンバンを抜けると、そこはもう見慣れない景色。
「あれだ。お前らと同じ、双子の山だ。アレに年の差もなければ背の高い低いもないだろう」
父は向こうの山を指差した。
山が二つ連なって、峰になっている。その向こうは、すっかり雪山だ。
高さの違いなんて分からない。山の境目はぜんぜん見えなくて、ただ何となく下り坂になって――また上り坂に変わる。
「あたしと士郎も、あの山と一緒なの?」
冬の朝日が山とは反対側から差し込んできて、山肌に降りかかる。
雲の隙間から流れる光の筋が、山をまっすぐに指し示していた。
「ほら、ティオ、士郎! キレイだよ!」
車が海の近くを走り始めると、水面が朝陽を浴びてキラキラと輝いていた。
士郎も首だけ向けて、踊る光の粒に見入っていた。
「大自然に比べれば、人間なんてちっぽけなものさ。どうだ、早起きしてよかっただろう?」
こんな時、大人はシートベルトだけでとってもうらやましい。
いつになったら『チャイルドシート』とかいうこのイスに座らなくてもいいんだろう?
「ねぇ、どーぶつこーえんって、どれくらいかかるの?」
「大体一時間くらいだな。楽しみか?」
「うん!」
「オレも!」
揃って手を上げる。恭也は豪快に笑って、アクセルを踏んでいった。
助手席で、フィアッセがクスクスこぼしていた。
「何か、おかしいのか?」
「ううん、そうじゃないの。優しくなったなぁ、って思っただけな。
あの頃より、ちゃんと笑えるようになったね。恭也?」
途端に、運転席の恭也は黙りこくってしまった。ただ、ティオはよく知っている。
ううん、「高町恭也」を知っている人なら、誰でも分かる――家族なら誰でも。
『パパがしゃべらなくなる』時は、恥ずかしい時だ。
強くてかっこいい父だけど、そんなところもある。
だからある意味、「どうしてパパとママは結婚したの?」なんて聞かなくていい。
だって、見ていれば分かるから。
「えへへ、恭也ー。四人で何乗ろうかー?」
これである。
家族のみんなから――晶もレンも、時々来るさくらにすらあきれ果てているんだから、みんな分かりきっている。
高町家の夫婦といえば、ご近所でも有名な「らぶらぶカップル」だ。
二人がとってもなかよしなのはとっても嬉しいことだけど、
時々なかよしすぎてリビングに入れなかったりする。
「あ、パパ、ママ……ご、ごゆっくり……」
そんな時は決まって、桃子がやってきて二人をしかってくれる。
……大人に怒られる大人って、なんだろう。
「士郎ぅー、またパパとママがいちゃいちゃしてるよー」
「ティオ、それがケッコンだって、かーさん言ってただろ」
「だってー、つまんないー」
「オレもつまんないけどさー……こうなったとーさんとかーさんを止められるの、おばあちゃんだけだろ」
二人同時に、ため息。
甘いものを食べすぎた時みたいな胸のムカムカで頭がフラフラした。
窓を開けて、冷たい空気をいっぱい吸い込む。
暖房だけじゃなくて、二人のアツアツさだけで目が回る。
「はい恭也、アメだよ。あーん」
「あーん」
ほらこれだ。いっつもいっつもいちゃいちゃいちゃいちゃ。
もう、知らないっ。
「はい。ティオもアメ舐める? 士郎にも渡してね」
「えっ? ……うん! ママ、ありがとう!」
でも、二人とも優しいから、大好き!
士郎にもアメ玉を渡して、コロコロ口の中で転がす。
甘くて、ちょっとレモンの味がして、気分はスッキリ。
冬の冷たい風を顔で受けながら、恭也の車はスピードを上げる。
たまに行くショッピングセンターを通り越すと、本当に見たこともない道路に出た。
この車にカーナビなんてないから、魔法みたいにすいすい道を走っていくのが不思議だ。
「パパー、どうやって行けばいいのかどうして分かるのー?」
「ん? パパの頭には地図が入ってるんだよ、それに、万が一のためにママも地図を持ってるからな」
フィアッセが雑誌みたいな地図を持ち上げてひらひらさせた。
これなら、迷いそうもない。
広くて、真ん中がコンクリートで分かれた道を、銀色の車はひた走る。
しばらく外の景色を眺めていたら、山の向こう側にチラッと影が見えた。
「すごーい! 観覧車おっきいー! ね、ね、あれにも乗るの?」
「ああ。それに、メリーゴーランドも、お化け屋敷もあるぞ。
一日じゃ回りきれないくらいだからな、気合い入れて遊ぶぞ!」
士郎とティオは元気に返事をした。
ただ、気合の入りようは両親の方が凄かったのは、気のせいじゃないと思う。
やがて山を回り込むと、広すぎてよく分からないくらい広い駐車場が見えた。
その向こうには、ゴーカートもあるしキリンの首っぽいのも見えたし、幼稚園児のティオには、
「海みたい……」
と、窓にべったり手をひっつけて感動しっぱなしだった。
士郎の方はといえば、「すげー!」だけ叫んでいた。
まだ開園したばかりなのに、駐車場は半分以上埋まっていた。
車から降りてちょこんと立っていると、恭也がお守りみたいなものを見せてきた。
「いいか士郎。お前がお兄ちゃんでも弟でも、とーさんは『男の子は女の子を守るものだ』と思ってる。
だから、もし二人ではしゃぎすぎてはぐれたら、このお守りを近くにいる――
あんな帽子をかぶった人に渡すんだ」
「はい」
その儀式が終ると、フィアッセが士郎の手を握った。
いくら『弟』でも、そこは譲れない。
「ママ、わたしと手ぇつなご?」「はいはい、二人とも仲良くね」
「おいおい俺はどうなるんだ!?」
ボーゼンと立ち尽くしている恭也。
フィアッセのこととなると、子供よりも子供だよね……そう、誰かが言っていた。
つまり、そういうことなんだろうなぁと、ティオはくるっと回って、士郎と手を繋いだ。
「はい、パパ。大好きなママだよ」
『人にやさしく』、それが我が高町家の家訓である。
どうにも、やさしくする人とされる人が逆だという気がするけど、
多分それは気のせいということで。
入口でおねーさんに『大人にまいとー、小人にまい!』って元気よく言ったら、
おねーさんはチケットを手渡ししてくれた。
ゲートをくぐると、そこはもう夢みたいな世界が広がっていた。
「わあっ!」
同じくらいのちびっ子も、高校生くらいのカップルも、友達同士も、いっぱいいた。
入口すぐで、ウサギの着ぐるみが手を振っていた。
抱きついていくと、風船を一個くれた。続いて、士郎にも。
フィアッセもそわそわしていたので、一つもらっていた。
「ね、最初はどこに行こうか? あたし、ゾウさんが見たい!」
「オレはライオン!」
恭也が、入口でもらった地図を広げて、ゾウとライオンのいる場所を確かめた。
すると、パパは士郎みたいに子供っぽい笑い方をした。
「喜べ、どっちも隣同士だ」
「よかったね、士郎、ティオ」
二人は揃って頷いた。
とてとて歩いていくと、そんなに長くはかからなかった。
途中でペンギンとかサイとかの檻にはっついて、なかなか離れなかったのを差し引いて、だけど。
キリンを見て、トラを見て、そしてようやくゾウとライオンの檻へ来た。
途端に、鳴り響くお昼の鐘。
楽しいと、車よりも速く時間が過ぎていく。
「あ、お昼ご飯だ!」
係の人が、バケツに一杯のエサを持って、檻の中に入ってきた。
ゾウは長い鼻で、ティオの両手でもやっと持てるかどうかなキャベツを口に運んでいた。
ホントに、おっきい。地面を歩く動物の中では一番だって、図鑑に書いてあった。
上に乗ったら、パパの肩車よりももっともっと高いところから見下ろせるだろう。
士郎なんて、豆粒みたいにちっちゃくなると思う。
「おー豪快!」
隣で士郎がわいわい騒いでいる。おっきなお肉の塊を、ライオンが食べていた。
がぶかぶ食べているのを見ていると、ティオのお腹もくぅくぅ鳴り始めた。
ゾウもライオンもエサを食べ終る頃、ティオは恭也の裾をくいくい引っぱった。
士郎も、フィアッセの裾をくいくい引っ張っている。
「パパ、おなかへったー」
「オレもー」
パパとママは顔を見合わせて、クスクス笑いだした。
なにがおかしいんだろう?
「もうお昼だもんね。パパ、わたしもご飯食べたいな」
「ん、ちょっと待っててくれ。今地図を見る……」
近くのベンチに座って、恭也が地図を広げ、それを横からティオと士郎がのぞきこむ。
――でも、広すぎて見つからない。それに漢字も読めないし、諦めてフィアッセに道を譲った。
すると、すぐに見つけた。
「あった、ここだよ!」
レストランはそんなに遠いところじゃなかった。歩いて20分くらいだと、恭也は言った。
また四人で手を繋いで、レストランに向かった。
途中、イルカのショーをやっていたけれど、残念ながらもう終るところだった。
みんなが拍手をしているのを横目で見ながら、すぐそこにあった水族館に身体が張り付いた。
「おなかへったー水族館見たいーおなかへったー」
「わがままだなー、イルカショーはもう終ったじゃん」
「うぅー……ご飯食べる」
ちょっと待った。今のは自分じゃない。
じゃあだれ?
「恭也ーおなかへったーもう歩けないよー」
……ママだった!!
「あちゃー。ママ、こうなるとどうしようもないよ」
「とーさんにおんぶしてもらうしかないんじゃないかな」
「うぅ、二人ともひどいー。でもおなかへったー」
ベンチに座って駄々をこね始めるフィアッセ。
仕方なく、恭也がおんぶしていくことになった。
「うぅ、ありがとう〜」
「それよりもフィアッセ、お前相当目立ってるぞ」
ここは日本、それも海鳴だ。結構、金髪の人は珍しい。
ティオも幼稚園だと珍しがられたりした。
それが、ママがおんぶされながら横をちょこちょこ歩いていれば、それはもう目立つ。
「ママー、だいじょうぶー?」
「うん……ありがとう、ティオ」
やっと辿り着いたレストラン。四人でテーブルを囲むと、早速ウェイトレスが水を持ってきてくれた。
歩き通しだったから、コップからくぴくぴ水を飲む。
外は寒かったけれど、ここはあったかい。冷たい水が、ほてった身体にやさしい。
士郎と二人でメニューを見てみると、どれもこれも美味しそうだった。
スパゲッティもいいし、カレーも食べたい。和食御膳──『わしょくごぜん』って読むのよ──なんてのもある。
でも一番は……
「お子様ランチ!」
「オレも!」
元気に、そしていっしょに手を上げた二人。
こういう時、ホントに双子なんだなぁって思う。
でも、ティオがお姉ちゃんで、士郎が弟。
それはゆずれない。
「わたしは何にしよっかなあ。恭也に『あーん』できるのがいいなぁ」
「俺も何にしようかな……フィアッセに仕返しできるのがいいな」
ダメだよこのバカップル早く何とかしないと恥ずかしくてご飯食べられない!
ティオは一計を案じて、フィアッセの隣に陣取った。ちょうど右手が当たるような、絶妙な場所だ。
キッと母親の顔を見上げる。
士郎も同じように、父の右側に陣取った。
よし、これで防御は完璧!
「おまたせしましたー」
……甘かった。
この両親、いちゃいちゃするためなら左手を使うことすら構わない人達だった。
士郎と同時にテーブルをバンっと叩いて、ようやく静かになった。
周りの、目が点になっている人達とか、ニコニコした目線が凄く耐えられない!
「仲のいいパパとママだね」なんてウェイトレスのおねーさんに言われた日には、顔から火が出そうだった。
お昼ご飯の後は、遊園地の方へ向かう。
士郎がゴーカートに乗ろうと言い出して、二人で競争した。
物凄く大きなトランポリンがあって、そこでは下からものすごい風が吹き出していた。
上から飛び降りると、ふわっと着地できるらしい。
士郎がせがんで、ついでにティオも一緒に行くことになった。
上の台に登ってみると、これが結構高い。
思わず、足がカクカクふるえた。
「一人ずつお願いしますねー」
係のおねーさんに言われて、先に士郎が飛び込む。
ビルの2階か3階はあったけど、ぶわっと吹いていた風に捕まって、ふんわりとトランポリンに落ちていった。
最後にちょっと跳ねて、ビシッと両腕を伸ばす。
ティオもフィアッセも、恭也もみんな拍手した。
次はティオの番だ。
吸い込まれそうな高さから、トランポリンを見つめる。
「えいっ!」
思い切り飛び込んでいくと、全身に風を感じた。
車で走っている時、窓から手を出した時の感覚に似ている。
胸からトランポリンに落ちて行って、ぽよんと跳ねた。
隣で、士郎が親指を立てている。
「……うん! とっても面白かった!」
ティオも親指を立てて、握った4本の指をくっつけあった。
その後は、メリーゴーランドで回っているところを写真にとってもらったり、
コーヒーカップで二人して回しまくって目の前がくるくるしたり、
それからジェットコースターだ。
そばにいた着ぐるみに風船を渡して、四人で乗る。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「ひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」
ちびっ子でも乗れるジェットコースターは一つだけ。
すぐそばにあったのはものすごい回転とアップダウンだったけど、これはかなりおとなしい。
でも……
「いやあああぁぁぁぁぁぁぁっ! 助けてー! 恭也ぁー!!」
絶叫というか悲鳴を上げていたのはフィアッセだけだった。
恭也は苦笑いしながら、「ヒャッホゥ!」とか言ってティオ達と楽しんでいた。
「うぅぅ……やっぱり怖いのは無理だよぉ」
「ごめんね、ママ」
「ううん、わたしのことは気にしないで」
またしてもベンチでぐったり気味のフィアッセ。
恭也がパンフレットでぱたぱた仰いでいる。
近くの自販機までぱたぱた歩いて行って、
「あっちにお化け屋敷があったよ!」
士郎が指差す先には、なんだかとっても怖そうなお化け屋敷があった。
フィアッセは首をぶるぶる振って、「二人だけでいっておいで」と引きつった笑いで送り出した。
恭也も、「俺はここでフィアッセを見てるから行ってこい」と言った。
「わたしの一番のプレゼントはね……士郎、ティオ、あなた達が楽しんでる姿を見ることよ。
ふぅ。落ち着いてきたわ。わたしはもう怖いのは……怖いから、パパと一緒にジュースでも飲んでるわね」
それを聞いた双子は、互いに顔を見合わせた。
財布の中を見てみると、まだおこづかいは充分余っている。
近くの売店まで走って行って、それぞれ恭也とフィアッセの好きな飲み物を頼んだ。
「えっと、ウーロン茶!」
「カルピス!」
恭也はお茶全般、フィアッセは──多分カルピスが好きなはずだ。
だって、ティオは聞いていたのだから。
いつだったか、トイレに行こうとして夜中に起きた時のこと。
ぽてぽて階段を降りていくと、恭也の部屋から何だか変な声。
眠くて眠くて仕方なかったからその時はただ通り過ぎただけだったけど、
ぼんやりした頭は、一つだけ覚えていた。
「フィアッセ、もう、やめ……」
「うふっ、恭也のカルピス、凄く濃くて美味しいよ♪」
──うん、きっとママはカルピスが好きなんだ。
ティオは自分に言い聞かせて、もらったコップを片手にまた戻った。
「ありがとう〜」
「おお、ありがとな、士郎」
戻ると、すっかり元気になったフィアッセが、恭也にダダ甘えしていた。
みんなが見てるところでそれは止めてほしい……!
「それじゃ、オレ達お化け屋敷行ってくる」
「えぇっ、士郎本当に行くのぉ」
さっきので話が流れたかと思いきや、そうでもなかった。
言われるがままにお化け屋敷に行って、ジュースの代りにもらった入場チケットを渡す。
係のお兄さんは、ホントにお化けみたいな顔になっておどかしてきた。
「と〜っても怖いからねぇ、ちびっ子カップルちゃん達?
無事に出られるといいねぇ……」
入り口をくぐると、もうそこはほとんど真っ暗というくらい薄暗かった。
ぼぉっと浮かび上がる、目覚まし時計の針と同じ色の矢印をたどっていく。
「それにしても、あたし達ってカップルに見えるのかな?」
「にらんせいそーせーじ、だからだろ。あんまり似てないじゃん」
その時、むぎゅっと何かを踏みつけた。何だかネコのしっぽみたいな……
足元を見ると、しわくちゃのお面みたいなおばあさんがいた。
「キエエエエエエエエエエェェェェェェェェェェッ!!」
「いやああああああああああああああああああああ!!」
ティオは士郎の腕を掴んで走りだした。
ドタドタバタバタ、後ろの方で足音がしていて、とてもではないけれど振り向く勇気なんてなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ……ん?」
今度は肩を叩かれる。士郎を引っ張りまわしたから、多分士郎だ──
そう思って振り向いたら、血まみれの女の人が着物を着て立っていた。
「私の家は……どこなの? お嬢さん、教えて下さらない?」
「ぎにゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
ティオは士郎に抱きついてそのままぶるぶる震えだした。
足がガクガク言って動かない。
「い、行くぞティオ……こ、怖いけど……これくらい余裕だよ。へへっ」
完全に涙目で士郎の肩に抱きつき、よりかかりながら歩く。
『弟』は、こういう時頼りになる。
「怖がりの『妹』を持つと大変だな」
「あ、あたしお姉ちゃんだもん……ひゃぁっ!」
青白く燃える球がひゅんひゅん飛んでいた。
へたりこみそうな足を必死に堪えて、びくびくしながら抱きつく。
地面が揺れているような気さえする。
「し、士郎ぅ……」
「だ、大丈夫だよティオ。オレは怖くなんか……」
ぴと。
後ろ髪越しに、冷たくてぶよぶよしたものが首筋に当てられた。
しっとりと濡れていて、背筋に冷たい電気が走る。
声も出せずに、士郎の方を向いた。
士郎も、ティオの方を見てきた。
包帯をグルグル巻いた、ぐりんと目玉が剥き出たミイラみたいなのが、でろでろの手を首に回していた。
口をパクパクさせて、士郎の手をぎゅっと握った。
スッ、と士郎が息を吸い込んだ。
「「ぎゃああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」」
二人でぎゅって手を握りあうと、一目散に出口まで走って、明るいところに出る。
太陽の光が、何だかステキに思えた。
出口には、さっき入り口にいた係のおにーさん。
「ずいぶん大きな悲鳴だったね、怖かったかい?」
「怖かったよぉ……」
ティオは頭を縦にぶんぶん振った。
士郎は、さっきまで一緒に悲鳴を上げていたのに、くるっとマジメな顔になった。
「こ、こわくなんかなかったよ」
「ははっ、そっか。じゃあ次はもっともっと怖いのを用意して待ってるね」
士郎の唇がピクピク動いていたのを、ティオは見逃さなかった。
クスクス笑って、元のベンチを指差す。
「いこっ。パパとママ、待ってるよ」
「お、おう」
カッコつけても、『お姉ちゃん』にはお見通しだ。
二人で競争して、恭也とフィアッセ――が、いちゃいちゃしているところ――に向かって走っていった。
大人二人が風船を持っているのは、何だかとってもヘンな光景だった。
「ママっ! お化け屋敷怖かったよぉ」
すっかり元気になっていたフィアッセに、ティオは抱きついていく。
その横で、まだ強がっていた士郎が、腕を組んでいた。
「あんなのが怖いなんて、やっぱりティオは俺の妹だな」
「士郎だってあたしと一緒に悲鳴上げてたくせに!」
「こらこらケンカしないの。二人仲良く、だよ。LOVE!」
ぎゅーっ、と二人まとめて抱きしめられる。
それがとってもあったかくて、ティオの中にあった怖いものは、すっかり吹っ飛んでしまった。
次は何に乗ろう。
もう、大分夕方に近づいている。あと、二つか三つ乗ったらおしまいだろう。
でも、四人で楽しく乗れるものがないとつまらない。
一つは観覧車。後は……
ティオは何気なく動物園の方を見た。すると、そこには四人で遊べそうなものがあった。
「見て! うさぎさんだよ!」
おっきなウサギのカンバンに、『ふれあいコーナー』って書いてある。
ってことは……ウサギさんにさわれるんだ!
「ね、あそこ行こう!」
フィアッセと恭也の裾を引っ張る。
両親は笑いながら、そっちに向かって歩き出してくれた。
士郎も、とてとてついてくる。
「わぁっ!」
着いてみると、まっしろなウサギがちょこちょこ跳び回っていた。
おんなじような家族連れが、ウサギを抱いてもふもふしていた。
「ごめんね、エサの時間はもうちょっと後なの。だっこしてみる?」
帽子をかぶった係のおねーさんにすすめられる。
檻の中に入っていって、ちょこまか動き回るウサギ。
鬼ごっこをしているみたいで、何だか楽しい。
「つーかまーえたっ」
一羽抱き寄せると、そのまっしろな毛なみをもふもふする。
フィアッセ一人だけいつまでも鬼ごっこをしていたけれど、
他の三人はそれぞれウサギのふわふわした身体を撫で始めた。
「あぁーん、待ってぇー」
ようやく捕まえられたママも、まっかな目のウサギをもふもふした。
あったかくて、ぬいぐるみみたいで、とってもかわいい!
「やわらかくてあったかいな」
「うん! 士郎、顔がゆるんでる〜」
「あはは、ティオもだぞ」
「ふぁぁー、あったかぁい」
夢中になってもふもふもふもふしていたら、あっという間に時間が過ぎた。
だっこしてなでなでしてもこもこしているのは、楽しくて仕方がないのだ。
もう、夕方だ。乗れるのは、あと一つだけ。
空は夕焼けに染まり、五時の鐘が鳴っていた。
「かんらんしゃ!」
「オレも! みんなで乗る! ね、かーさん!」
観覧車までは、道路を走っているシャトルバスに乗ればすぐだ。
十五分くらい乗って、すぐ近くで止まったバスを、みんなで降りる。
「お嬢ちゃん、おぼっちゃん、ラッキーだね。これで今日は最後だよ」
ドアを開けてくれたおじさんが、ニコニコ笑っていた。
元気よくお礼を言うと、四人で観覧車に乗り込んだ。
「あっ、どんどん人が小さくなってく! アリンコみたいー!」
「高いなぁっ! 何でも見えるよ!」
ティオと士郎は大はしゃぎ。
ふと後ろを見ると、恭也とフィアッセが肩を寄せ合っていた。
「ねぇ恭也……わたし、幸せよ。こんなに可愛くて優しい子供達がいて、恭也がいて……」
「俺もだ、フィアッセ。ずっとこんな日のまま、過ごしていきたいもんだな」
「でも、恭也、そろそろ『あっち』の匂いが恋しくなってきたんじゃないの……?」
「バカ、お前の匂いだけでたくさんだよ」
「やんっ、もう♪」
──大人の時間みたいだ。あたしは外を見てよう。
「士郎、見て! あの辺が海鳴かな」
「うん、でこっち側が遠見だよ。へぇ、上から見るとこんなに近いんだ」
やがて観覧車が一番上に行った時、太陽がとっぷりと沈んだ。
一番星が空に見えて、夜がキラキラ輝き出す。
やがて観覧車が下を向き始め、また人が人の大きさに戻っても、ティオは興奮しっぱなしだった。
「ね、ね、ね、すごかったね!」
「とーっても高かったよな!」
二人でわいのわいのはしゃいでいると、恭也が前にずずいと立った。
大きな背中。多分、大人になっても、その身長には届かないんじゃないかって思うくらいだ。
その後姿がくるりと振り向くと、士郎に向かってしゃがみ込んだ。
「お化け屋敷、ティオを守ってやったか」
「う……うん! 最後ちょっとだけ……でも、大体は!」
背伸びして士郎が答えると、父は『弟』の髪の毛をくしゃくしゃ撫でた。
そこには何だか、男と男の熱い何かがあった。
「えらいぞ、士郎。それでこそ俺の息子だ」
出掛けに士郎へ渡したお守りを取り上げると、父はティオの方を振り向いた。
そして、優しく聞いてきた。
「今日のママへのプレゼント、良かったと思うか?」
ティオは、ほんの一秒も待たないで答えた。
それは、フィアッセの顔を見ればすぐに分かることだ。
「うんっ! ママが幸せなら、あたしも幸せ! ママ、誕生日おめでとう!!」
そうして、ティオはまたフィアッセの胸の中にいた。
ぎゅっと抱きしめられているけど、何だか様子がヘン。
「うっ……うぅっ、ホントにありがとう、ティオ、士郎……ママ、ホントに嬉しいよ。ありがとう、ありがとう!」
そしてそのまま、動物公園を出て車に乗るまで、
フィアッセはぐすぐす言いながらティオと士郎と手をつないでいた。
恭也が車の鍵を回すと、嬉し涙が星明りに映ってキラキラ光った。
***
帰り道は真っ暗で、どうして大人の人はこんな道を運転できるんだろうと思いながら、
満点の星空を見上げていた。
むにゃむにゃと帰りの車でうとうとしながら、ティオは思い出す。
──そういえば、あのお守りには何が入っていたんだろう?
何気なく士郎は返していたけれど、実は中身が気になる。
同じくおねむな士郎に聞いてみると、そっけない答えが返って来た。
「とーさんのことだから、大したものじゃないよ。きっとケータイの番号でも入ってたんだよ」
秘密は秘密のまま、恭也のポケットにしまわれてしまった。
でも、それでいいんだと思う。
きっと、お化けの呪いから守ってくれたんだ。
そう思うことにして、ティオはくたりと頭を傾けた。
だって、高町恭也は最高のパパで、最強のボディガードだから!