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──流れる時代に、君と繋がるから。希望の行方をずっと探したい──

「遅れてごめーん」
「セーフセーフ、まだ飲み物来てないから。香里もビールでいい?」

その日、商店街の小さな居酒屋に集まったメンバーは、皆一様にほくほくとした顔だった。
香里はため息を吐きながら、小上がりに座ってコートを北川にかける。
「やっとお前らもゴールインか。うんうんお父さんは今か今かと待っていたぞ」
「お母さんもよおほほ」
飲む前から酔っているのか、真琴がノってきた。
二人揃ってデコピンを食らったところで、五人分のジョッキが運ばれてきた。
「ほら舞、栞。お前らそんなに強くないんだから気を付けろよ」
「大丈夫……もう慣れた」
「私達、もうそろそろ二十五なんですよ? もうお酒の飲み方くらい覚えましたっ」

今、ここにいるメンバーが、今日の全員――ではない。
こともあろうにあゆが大遅刻をかましていた。
「うぐぅ〜っ! 急に残業が入ったんだよぉ、本当だよぉ!」
「あぁ、気にするな気にするな。ただ、先に飲ってるからな」
あの頃から考えると、職に就くことすら誰も考えていなかったといってもいい。
男性陣が普通のサアラリーマンをやっている中、あゆは出版社で雑誌の編集をしている。
栞は看護婦で、明日は休みだそうだ。シフト勤務で生活が不規則になり、少し太ったという。
名雪は家業を継いだ……らしいが、今もって事業内容が一つも掴めないのは不思議と表現する他ない。
久瀬は青年会で演説など重ねつつ、次の市議に立候補する予定らしい。
佐祐理から聞いた情報だが、これが意外に凄い情報源になる。
ぽやぽやしたあの性格ながら、彼女は今フランスで研究生活を送っている。
クリスマス休暇で戻ってきてからは、年が空けるなり向こうに戻ってしまった。
「佐祐理さんの研究って何だったっけ」
「生化学……私にはさっぱり分からないけど」
香里は── 一番意外だが、専業主婦である。
子供を三人も抱えていて、四人目もようやく『つわり』が収まった頃だとのこと。
美坂家は祖父祖母が揃っているから、安心して任せてきた……というのは、本人の弁。
彼女は一次会で帰ることになっているが……それにしても、
「お前少子化に貢献し過ぎだろ」
「うっせぇ、お前も貢献しろ」

届いたビールを、シーザーサラダを突きながら喉に流し込んでいく。
何気なく、八人がけの座敷を眺めてみる。
いつも顔を合わせているのは、真琴の他は舞だけだ。
こうやって機会を作って集合しないと、すぐそばに住んでいるのに何故か顔一つ合わせられない。
唯一、舞のパン屋だけは、誰もが週に一度は通う憩いの場だ。
「今日は……香里の一番上の子……一緒に来てたよ。もう、一人で歩けるみたい」
「ふふっ、お姉ちゃんの子供、皆可愛いよね」
真琴と香里がサクッとジョッキを片付けて、次の一杯へと移る。
フライドポテトが来る頃には、二人共既に出来上がっていた。
「私はもうチューハイ行くわね。そっちは?」
「俺はまだビールでいいかな……あ、おでんと鯖味噌」
名雪は今回、欠席した。何でもインフルエンザのとびっきり重いのにかかったと聞いている。
それでケロッとしている秋子も秋子で恐ろしく感じるが……
美汐もだ。こちらは家の用事とのことだが、詳しくは聞いていない。
「こうやって年々少なくなるのかもなぁ」
「アンタの人望がなさすぎるだけじゃない?」
真琴を軽く小突いてやる。
「あぅー、ひどいーっ!」とぷんすか怒った後、真っ赤な顔で人の焼き鳥を奪っていった。
「何するんだこら、返しなさい」
串を取り戻したり奪われたりするのは、傍から見ていて面白い出来事らしい。
香里と栞が笑い出したところで、二人で座った。
「まったく……あなた達はいつでもそんな感じね。賑やかで楽しそうだけど」
香里がグラスを回し、上っては消えていく泡を見つめていた。
ピンク色をしたその液体を飲み干すと、急に真顔になって聞いてきた。
それは、この場にいる全員に向けて投げかけられたのだった。

「ねぇ。あたし達ってさ、高校時代からの付き合いしかないじゃない?
 昔のみんなはどうだったの? この際だから教えてちょうだい」

それは、唐突な提案だった。だが、誰しもが口にしなかった話題でもあった。
特に忌避するようなことはなかったが──真琴の一件は全員知っている──、
かといって特に話題に上るようなこともなく、何年もずっとこのまま来ていた。
「じゃあ、あたしと栞から行くわね。潤は知ってると思うけど、まぁ聞いていてちょうだい」
ゆっくりと話し出す香里。確かに、真琴、舞、名雪、そしてあゆ以外の人間については、
過去のどの時点についても聞いていない。
実は舞とあゆについては、過去の一時点しか知らないのも事実である。
「遅れてごめんなさーい!」
香里が話し始めた瞬間、あゆが居酒屋に飛び込んできた。
そのまま、ブーツをずべっと滑らせて、盛大にスライディングを決める。
いつものあゆらしい出落ちに、サムズアップで応えてやる。
「うぐぅ、ひどいよぉ!」
調度良く場が温まり、あゆもカクテルを頼んだところで、香里の昔話が再開した。

「あたしから話を振っておいてナンだけど……何でもない小学校生活だったわね。
 よく言えば平凡な……そう、友達とどうでもいい話をして、毎日宿題をやって……
 潤とはその頃からの腐れ縁だったけど、別にどうってこともなく高校まで行ったのよね?」
「ああ。で、ここにいるメンバーが集まってから、オレ達の青春が始まった訳だ!」
北川が熱く語るのを、笑いながら聞く。
話もいよいよ盛り上がり、真琴と二人で日本酒に切り替える。
時計をちらりと見て、美坂家の話が終ったら河岸を変えようということになった。
「悪いなあゆ、来てもらってすぐ移動なんて」
「ううん、全然平気。香里さん達の話、もっと聞かせて?」
「面と向かって言われると恥ずかしいわね……そう、高校二年の冬から、あたし達は少しずつ変わり始めた。
 色気づいた、っていうよりも……そう、子供のままじゃいられなくなったのよ」
真琴との出会い。舞との出会い。そして、栞との出会い。
当時の想い出が何度も交錯して、甘酸っぱい気持ちが芽生えてくる。
そして、色々な味のあった、あの人生最初で最後の瞬間が、今手に取るように感じられた。
「舞踏会の事件もあったし、真琴に関わる重大な話も聞いた。アレがきっかけだったのよね。
 家族ってなんだろう、って。誰よりも大切な人って、あたしにはいるのかしら……ってね。
 柄にもなく話が長いわね、あたし」
大学時代、渋々といった感じで付き合い始めてから、現在に至るまで、
ほぼずっと似たような関係を続けてきた二人。
あくまで下馬評だが、そんなにも長く一緒にいたことのある人が、親類を含めてもいないことに、ふと気づいた。
あゆは涙をダダ流しにしながら、北川夫妻の手をぶんぶん振っている。
「凄くいい話だったよー! 本当に結婚しておめでとうー!!」
その様子に、舞が少しだけ笑みを零したのを、見落とさなかった。
真琴がぼーっと見ているのを、肩を叩いて現実に引き戻す。
その後、栞の話が続いたが、結局は「お姉ちゃんと大して変わらないです」という結論で終った。
「あ、でも真琴さんと出会えたのは一番大きかったですね。あの頃の私、病弱で友達も少なくて……
 真琴さんに出会えて、友達が出来たのは、とっても良かったと思います!」
一次会は取り敢えず切り上げて、別の店──夜明け近くまでやっている店まで行くことにした。
香里はここでさよならだ。次は……きっと彼岸の頃にでも会えるだろう。
次は舞にお鉢が回ったが、いつものごとく寡黙で、中々話を始めようとしなかった。
お湯割りをぐいと飲み干して二杯目を頼み、それに口をつけた頃、ようやく彼女は話し出した。
「私の人生の内、半分以上は『私自身との戦い』だった」

真琴が半分くらい知っているのと、今ここにいない佐祐理がほとんど把握している他は、
舞の詳しい生い立ちは誰も知らなかった。
それは当時ですら三人だけの秘密であり、その後はすぐに就職したから誰も聞き出すチャンスがなかったのだ。
舞は酒を飲みながらだし巻き卵を食べ、普段より饒舌に語り始めた。
「もう……二十年くらい前。二人で遊んだの。背丈が丸々隠れるくらい高い、黄金色に実った稲穂の海で」
急に指を差され、どきりとする。
真琴がこの話を初めて聞いた時は「浮気者ー!!」とあわや家族会議直前までの大修羅場になったが、
二度目の今回は静かに聞いていられるだけの余裕があるようだった。
「私はあの時、ウソを吐いた──せっかくできた友達だったのに、休みが終ったら帰っちゃうって。
 だから、私は……『魔物が来るから、一緒に遊び場を守ろう』って言ったの」
それがいつしか本当のことになっていく過程は、舞が酔っていない限りは絶対にしゃべらないであろう程に、
詳細かつ鮮明に語られた。
そして、舞にとって高校三年の冬、遂にあの時の約束が果たされる。
「私と『まい』がまた一つになって……そして、また、始まったの。
 三人で暮らす未来──少し違う結果になったけど、全部、夢じゃなくなった。それが今、一番幸せなこと」
パン屋に勤め始めるようになったのは、『それ』が終ってから、卒業までの僅かな期間だった。
元より進学する気のなかった舞が選んだ道は、この街の商店街で生きていくこと。
道場破りみたいに商店街をあちこち歩き回り、ようやく見つかった職がパン屋だという話は、
彼女の卒業直後から学校では伝説のように語られていた。
「もう、無茶はしないよ。あの頃の私は、常識も何もなかった……ただ、魔物を倒すことだけ考えていたから。
 今はもう、大丈夫。一人で生きていけるよ。佐祐理もいれば……」
そこまで言うと、舞はグラスを一気に傾け、それっきり何も言わなくなった。
酔っているというよりは、寡黙モードに戻ったと表現した方が正確だろう。
少し虚ろ目になった彼女を気遣いつつ、次は真琴に話を振る。
「アンタが先でしょ」
「そうか? 俺が子供の頃は色々あったからなぁ……秘密基地作ったり、街中の山という山を探検したり、
 そうそう、新しく買ってもらった自転車で、早速街の全ての道路をくまなく通ったな。
 あの時一緒にやった友達とはもう疎遠気味だけど……電話すれば返してくれるだろうな」
周囲からは、『暇人だけど、とても魅力的な行動だ』と言われた。
褒められているのか貶されているのかよく分からなかったが、取り敢えず礼だけ言っておいた。
「次は主賓だな、あゆ、真琴。じゃんけんで決めてもいいぞ。負けた方からな」
両者にらみ合いの後、激しいあいこ合戦。
五回目のあいこで、あゆと真琴に不敵な笑みが走った。
「中々やるわね、あゆ? 絶対に勝つわよ。あたしはパーを出すわ」
「ボクだって負けないよ? さぁ、最後だよ。ボクはチョキを出すからね」
お互いに負けを譲らない。傍から見て、凄くいい好敵手だ……話題が話題であれば。
真琴の手が先に動いた!
「あい!」
「こで!」
「しょ!!」

たかがじゃんけんだというのに、無駄に熱い戦いが繰り広げられた。
この戦いの間、誰も他に喋る者はいなかった……そして、結果はといえば、真琴の勝ちだった。
「いえーい! あたしがトリね。じゃああゆ、どうぞ」
「ど、どうぞって……うぐぅー、そういえばボク小学生の頃に樹から落ちてずっと意識不明だったんだよー!」
確かに、と一同納得する。それで場が固まってしまい、あゆはやけ酒に走った。
栞がなだめている間、舞がぼそりと喋った。
「同じ……私も、小学生の時から、高校を出る直前まで……ずっと、抜け殻みたいだった。
 みんながいてくれたから……私は今も、私でいられるの」
あゆの手が止まり、じっと舞を凝視する。
みるみるうちに涙目になったあゆは、舞の胸に抱きついていった。
「ボクもだよー! みんながいなかったら……ボク今でも一人ぼっちだったよぉー!」
気まずくはないが、どうも飲む雰囲気とは少しずつ離れつつあるような気がした。
よしよしと舞があゆを抱っこしている間、真琴は猪口を持ちながら、ゆっくりと口を開いた。
「あゆ。最後はあたしの番だけど、何かある?」
「え? あぁー……ボクはホント、男子に混じってサッカーやったり草野球やったりで、
 そんな面白いことは何もなかったよ……七年間の勉強を三年で物凄い早足勉強して、
 その後大学行って何とか出してもらって……で、今日みたいに漫画家さん達の修羅場に巻き込まれて遅刻する、と」
にゃはは、とあゆは笑いながら答えた。
自身の、長い長いブランクをものともしない姿勢に、少し安心感を覚える。
昔のあゆは、抱けば折れそうな……そう、脆さを持っていた。
今はもう、そんな部分は感じられない。ネタで笑わせるくらいの余裕すら感じられるのだ。
「いいよ、真琴ちゃん。最後──素敵な昔話、聞きたいな」
いよいよ真琴に話が振られた。最愛の人は、こほんと咳払いをし、改めて座り直す。
真琴の過去は、ここにいる全員が知っている。しかし、詳しく聞いた者は、多分誰もいないはずだ。
「あたしが生まれたのは……雪深い山奥だったの。もう両親の顔は覚えてないけど、とても優しくしてくれた。
 毎日、雪まみれになりながら野山を駆けずり回って……綺麗だったわよ」
真琴の昔話は、まるで語り部の仕事だった。
どことなく切なくなる……でも、どこか温かい、そんな遠い記憶だった。
「夏は流石に雪が溶けたから、木の実の取り方とか、ウサギの狩り方とか教わったかな。
 確か……友達がいたと思う。もう十年以上前ね? その子とじゃれあって、坂道を上って、降りて……
 そうそう、星が綺麗だった。人のいない世界だったから、ホントに空気も綺麗で、
 空には満点の星空が広がってたの。時々登山家が来ることもあったけど、みんないい人だったわ」

うっとりした表情で、真琴は天井を見た。釣られて、上を見てみる。
誰のものともつかない煙草の煙がゆらゆらと揺れて、わだかまっていた。
「そう……あたしは昔、冬が楽しかったの。綺麗で真っ白な雪の中で転がり回ることが、何よりも楽しかった。
 春になって雪が溶けたら、次の冬が待ち遠しかった……
 で、もう二十年近くになるのかしら? 迷った上に怪我までしちゃって、人里まで降りてきたのは」
そこからのことは、それなりに覚えている。
あの時、初恋の人だった名前を教えてあげて……介抱して、そのまま野に返したのだ。
「あれから七年間……最初の三年くらいかしらね、ずっとものみの丘で待ってたわ。
 でも、来てくれなかった。それからはもう、冬が嫌で仕方がなくなった。
 雪も、空も、星も、何もかもが冷たくなった……」
そしてあの時、真琴は突如目の前に現れた。
暖かな家族と、美汐の存在が、真琴を救った。
もちろん、北川や栞も例外ではない。
「後は……何ていうのかしらね、一緒にいるだけで、こんなに安心できるなんて思わなかった。
 『幼稚園の先生』の資格も、秋子さんのお陰で取れたし……」
左手の薬指を見せて、ニヤリと笑う真琴。
あゆと舞が微笑を見せて、グラスを高く掲げた。
「今日は朝まで飲もうよ! ボク達の友情が、永遠に続くように!」

いつもは日付が変わる前に解散していたのに、あゆはそれを豪快に打ち破った。
真琴も舞も──栞すらこくりと頷いた。
「学生時代に戻ったみたいだな! いいぜ、この空気。懐かしくて涙が出てくるな」
「何言ってるんだ? 始まるんだよ、俺達は。これからだ、何もかも。な、舞?」
「うん……佐祐理の分まで、めいっぱい楽しむ。真琴も?」
「もちろん! あたしだって、美汐の分までいっぱい飲まないとね!」
全員でお湯割りを頼むと、グラスを全員で掲げた。
今日は浴びるほど酒を飲んで、ふらふらになるまで酔っ払って……そして、
朝になったら真琴と一緒に帰って、同じ布団で夕方まで寝よう。
そんなことを考えていると、頬にいきなり口づけをされた。
「さ、早く乾杯してよ。みんな待ってるんだから」
皆が、期待の眼差しで見てくる。毎度ながら、幹事は面倒で楽しいものだ。
ぐっとグラスを高く掲げて、全員に目配せをした。

「じゃあ……永遠の友情と愛情を誓って……乾杯!」
「かんぱーい!」


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